2025.2.23 クローバー展二日目

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f:id:pinkypop:20250223031238j:image昨日から「みつばのクローバー」展がはじまりました!みんなきてください

自分でつくったぬいぐるみたちがいる分、一人で乗り込むみたいな、強くいなきゃみたいな気持ちが薄れて、友だちや大事な人が隣にいるみたいな安心感があり、すごいなー!と思いました。本当のことだけ大事にしたくて、それっぽさを無くしたいと思っているから、この感覚をできるだけ慎重に、大事にしていきたいと思いました。

ぬいぐるみを通してもなんでも、優しくしたい、味方でいたい、肯定したいという思いで最近はものづくりをしています。ぬいぐるみを迎えた人たちが、優しいぬいぐるみ達と一緒にいることで、強くいなくてもいいかもと許せたり、味方がいるというふうに思えますように。

勝手にぬいぐるみたちが喋っている時に参加作家さんたちも一緒になって喋ってくれて嬉しかったなん!

参加作家さんやっぱふしぎだなーとおもったけど、それは芯がそれぞれあるのに、苦しいことにも向き合ったしているのにそれでもなお消えず残る奇跡みたいな、妖精みたいな不思議さで、いうなれば、おニャン子クラブとか、80年代アイドル達の書くぽんやりした文章(ワニブックスの青春ベストセラーシリーズは各アイドルのエッセイや手書きの文章、素朴なイラストなどみれて面白いし、それが一番イメージに近いです)とか、strawberry machineの歌詞のようなものです。みんなの心の中にも、消えずに残り続けてほしい。ジェンダーを超えても超えなくても、解像度とかについても、執着や経験に勝るものってなかなかないなと思います。

自分だって、昔のカルチャーが大好きだけれど、教科書を読むみたいに本を読むばかりだもの。生きてないもの。

例えば体が男の人でも、経験や執着があって、同じように解像度や雰囲気が同じだと思える人もたくさんしっています。男性女性の話とは言い切れないかもね。でもおとこのひとのなかには、女の子になれなかった悲しみがある人もいると思う。この輪に入れないみたいな気持ちもあったり。。でもどーしても、今回展示しているように私たちが見つめ合ってるものって、昔経験した事が今にもつながっている事を描いていることが多い。そこに共通点を見出してたりもしている。そこは難しいなぁとおもう。

 

二日目の今日のトピックスは、4歳ぐらいの女の子がエルサの格好をしてやってきたことから始まりました。

その女の子は会場内をふわふわ歩いていて、気がついたら猫になって、ひなたのつくったとらムーちゃんとおしゃべりしていたのです。

猫語で喋っていて、とらムーが友達になるんだやーと言ったら快諾してくれたのです!そんなことってあるのか!途中からはもう自分とはほとんど目が合わず、じっととらムーの目を見てとらムーと話をしていました。

お菓子いっぱいあげました。

毎日ゲロまみれだったわたしの気持ちは、どんどん晴れていって、笑顔で家に帰りました。いえでだいこんをぐつぐつ煮て、展示が終わったらどんなことして遊ぼっかなー!と考えました。

 

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